645 名前:首里尋常高等小学校伊波村生:1914(大正3)/10/5(月)
(>>632の続き)
第二信、早朝起き出でて出発支度に取り掛かり候(そうろう)。夕べの雨はまだやまず、雨をおかして出発いたし候。学校を午前8時に出発いたし候ところ、雨はますますはげしく相成り候。昨日の難儀も忘れて掛け■すありさまは、まことに首里小学校の健児だと、ただに感服のほかこれなく候。
雨におそわれて道迷いをいたし、具志川の「かにかだん(兼箇段)」というところに着し、後の大笑いにて候。ことに2里歩いても家一軒だに見出すをえず、きび畑の中に雨をしのぎ申し候。過ぎて池原に到り、3度雨におわれ候(そうら)えども、一時に止み申し候。
池原より東恩納にいたる途中はことに苦しみ、晴れるかと思えば降り出し、降るかと思えば晴れ、東恩納に至りて雨はまったく止み申し候。川を渡り着物をぬらす者もこれあり、松林・険道を越え、石川村に着し候。発して世にいう七日浜を過ぎ、沖の島はこんもりとカモメが空飛ぶ忙しさは、我らをはげましつつあるかのごとく思われ候。
ヤカ(屋嘉)の村にて昼飯いたし候時は、愉快に感じおり候。伊芸の村を過ぎ、幾度か松林を過ぎ、午後3時、ついに金武尋常高等小学校に着し候。当村にては闘牛あるとのことで、みなみな見物に出かけ申し候ところ、まことに壮観の至りに候。夕飯を早くすまし床につき申し候。
643 名前:ふられ男:1914(大正3)/10/4(日)
前ノ毛中道入口の越来のカマダは西ノ前の某商店の店員と大々熱をふかしております。ついこの前の晩を我輩がだって一夜の枕もかわしてくれと願うたけれど、いつがなしてくれず、ひじてつを見舞われました。聞けばあの晩も例の番頭さんがお泊りだったそーです。
644 名前:◆クラブ係:1914(大正3)/10/4(日)
区民愛読者の一人、君の投書はある時期を待って記載するつもりで漸時あずかっていますから左様ご承知を乞う。
641 名前:江戸ッ児箆:1914(大正3)/10/4(日)
べらぼうめ、大熊か小熊か知らねーが、いやに贔屓(ひいき)の引き倒すをするのぁー見られた熊じゃねーぜ。うどの大木じゃあるめいし。見かけ倒しの空ッけつでよ。おまけに風呂敷の中まで無一物の骨董代物をどこがどう好いってんだい。憚っちながら、おれ様の前で言えるなら言ってみやがれ。この間抜けめ、とんちきめ、ひょっとこめ、面でも洗って出直しやがれ。
642 名前:お藤:1914(大正3)/10/4(日)
電気会社の方へ御願います。1日の夜、ちょうど8時をうっての後、私は一心不乱に書物を読んでいましたら、急にバッタリと今まで使っていた電灯が消えましたので、女子身の一人の書斎ではソレゾレ怖くってなりません。またこんなことが間々ありますから、われわれ需用者の迷惑は一通りではありません。今後このようなことがなきようご注意してもらいたい。
639 名前:春花生:1914(大正3)/10/4(日)
>>621
風笑生君へ呈す。君の先日の投書に僕に忠告するとか、また僕の投書は人をヒヤカシすると言われますが、僕は決して人をひやかしたことはない。当間二階(辻の遊郭)へ友人に連れられて行ったことはあるが、同楼のカマドのことなどを投書したことはない。
君はたしかカマドに鼻毛をよまれたあのカイゼルのコールド眼鏡でしょうねー。自分のことは棚に上げて人を悪く言うと承知しないぞ。灯台元暗しとは君を言うのであろう。今後、人の外出などかまわんでおきなさい。
640 名前:那覇久米○生:1914(大正3)/10/4(日)
久志村長および収人役よ。わずか金2円、書籍料に附ハガキ7通、往復ハガキ1通、集金郵便2回、発送催促いたせども、何たる一言の返事だにせぬは不都合ではなきや。
638 名前:浮草生:1914(大正3)/10/4(日)
垣花○○○蒲戸様に呈す。貴友は大正元年から今までいつも断然、断然、と言いますが、その断然た(とは)、どんな断然ですか。前夜貴友が小生(わたし)の院(うち)にお出でになった時も、やっぱり断然とは言いながら小生と二人、断然地なる辻后道、天使館の角に雲登楼に小生までも何くわぬ顔してニコニコと登楼したではないか。断然というものは、やっぱり行くことですか。一筆新聞でうかがいます。
637 名前:憤慨生:1914(大正3)/10/2(金)
>>595
見た人生に問う。君が一中生うんぬんの記事は事実なりや。また目撃したるか。あえて一中生には近時校長よりご注意ありて以来、かくのごときことをなすものは皆無ならんと思う。また小生も9月以来、毎日電車で通っているが一度もかくのごときことは目撃したことはない。
君が学校に対するご注意も一中を愛する心よりのご忠告なれど、なにゆえにこの三面紙などを借らずに正々堂々として学校に直接にご注意あらずや。終わりに一中生は帽子に白の一本筋がありますよ。
635 名前:破天荒生:1914(大正3)/10/2(金)
「諌言耳に逆らう」とやらで、自己の非を親切にも忠告してくれる恩人に向かって失敬なことを吐いて、反抗的態度に出るものを往々本欄で見受けるが、火の気のないところに煙はなかろう。事実無根のことをわざわざ公言するような根性悪い人はまさかあるまい。
636 名前:破天荒生:1914(大正3)/10/2(金)
季節は秋の候となったが、われらの周囲には秋らしい色彩もなく気分も吸うことはできない。いまだ扇(うちわ)を使わずにはいられない時もある。
633 名前:首里千鳥:1914(大正3)/10/2(金)
首里の昔の御殿・殿内の次男、三男は切米をもらって食っていたが、帽子業の蔓延するや、これより生命をつなぐものはないと大喜びでその職に従事していたが、今度の世界戦争のため、またまた生活に窮し、かわいそうにも子供の4、5人ある者は1日1食しか食わないありさまとは、何ともあわれなものではないか。
634 名前:栄山:1914(大正3)/10/2(金)
世の中は交通機関が発達していくはありがたいが、そのため、また一利■害はまぬがれないのである。第二の国民として立つべき中等学生にして時間に余裕あれども電車に乗り、日々の生活に窮する親から筆墨を買うと偽って取った銭は乗車賃になる。かくのごとき学生が第二の国民として立つことはできない。ああ、何も知らざる親の苦いかん。反省したまえ。
632 名前:首里尋常高等小学校伊波村生:1914(大正3)/10/2(金)
我々35名の首里小学校旅行生は2名の先生に引率され、9月29日午前9時、学校を出発いたし候(そうろう)。越えて普天間にて昼飯いたし、屋宜屋取にて雨に苦しめられ候。
上地村にて再び雨におそわれ候(そうら)いし時、今頃、連合軍のために苦しめられつつ退却する独軍もかくやあらんと、はるかに思いやられ候。
過ぎて美里村にて道の左右にある民家のみかんに涎(よだれ)をたらしつつ、午後3時、予定の美里小学校到宿いたし候。みなみな元気にて夕飯の膳に向かいて舌鼓を打ち鳴らし候。
631 名前:少年の友人:1914(大正3)/10/1(木)
ところは糸満町に、年のころ17で体格から容(かたち)まで何ひとつ欠点ともなく、当町青年の呼び物となりおる。
花の盛りの乙女これあり候(そうろう)。彼女は当町うっての財産家に生まれ、花よ蝶よと育ち、年のころとなりたるより、同町の財産家や人格のすぐれたる人々より縁談申し込みと参り候も、彼女一人のためにみなお気の毒様で断られおるよしにて候。
ここにまた質(たち)のやさしく、たのもしき今を盛りの美少年これあり候。彼女はこれ美少年の美しき姿と前後有望の士なりと見込み、深く心をいため焦がれる思いを両親にも打ち明けせり、のウワサこれあり候。
いつしか二人は文を交わして黙契の縁となりおれるよしに伝えられ候。しかる世は無情なので、この少年の身の上には彼女とともにたのしく暮らすことを許さぬ事情これあるよしにて候。少女は失恋して焦がれる思いを泣き明かし、少年浮世の無情を悟りて自棄(やけ)を起こせりとのよしにて候。
ああ、誰か同情すべきこの美しき少年少女に候わずや。
630 名前:古木生:1914(大正3)/10/1(木)
桟橋へと家を出たのが午後9時。そこにはここかしこに4、5人ずつ熱心に釣り縄を手にして、「魚君今にもオヂャレ」と待ちかまえていた。船客待ちあい所の前の電灯の下にも4、5人。前記同様な様をしていた。そのうちの一人は白魚1斤半くらいのもの、他の一人は立の魚3、4尺くらいのもの上げてあった。
釣り狂の僕にはいつまでこの様をながめていても、さらに帰る気にもなれぬ。僕も釣り道具を用意して釣りへ出かけたが、4、5度その後、事情あって今日ここにこのありさまを見、またまた釣り狂の本性をあらわし、トウトウ昨夜より釣りを始めることとなった。
629 名前:在東京k子:1914(大正3)/9/29(火)
我が故郷の敬愛します県下女学生諸姉へ。去る12日、かの沖縄民報にのっていました秦校長さんの白隠和尚のお話を見まして、私は何だか異様な感に打たれました。それと言うのはこうなのですよ。去る春でしたっけ、私はどこかの風の便りで国の某教育家―校長?がその教うる良家の子女を誘惑したとか言うことです。
それが何ですよ、教育家でないならば、それは二人が互いに承諾し合っての自由意志なんですから、それを他から口を聞くのはあまり褒めたことじゃないですが、いやしくも良妻賢母を造る女学校の先生、しかも校長?としてほんとにかようなことがあったとしましたら、つくづく沖縄の将来が思いやれます。ああ、品性を磨こうと思って、うっかりこんな類の顔は真面目で、我こそは天下の道徳家というような顔をしている者に子女を託して、女一生を台無しにされてはそれこそ大変です。
とかく今の世は顔なんかでその人の心まで鑑定するのは、そもそも間違いです。近頃はこんな仮面をかぶっている教育者がまだまだいるかもしれませんから、その下に教育される諸姉はいっそういっそう自覚なすって各自の品性の修養に重きを置かれんことを希望しますよ。それにも一つは気概があって欲しいのですよ。
625 名前:姓名在社:1914(大正3)/9/28(月)
猟銃をお求めになる御方はありませぬか。僕が安価で譲ります。該銃は仏国シナイドル製銃会社の製品で、軍銃を狩銃に改め20番径ですこぶる堅固命中確実、もっとも猪撃ちに適します。お望みの方はご来談ください。
626 名前:OS生:1914(大正3)/9/28(月)
帝国館にて金入れをお拾いくださった山城某女に感謝いたします。
627 名前:好子:1914(大正3)/9/28(月)
沖縄の男女学生諸君、今少し思想を高尚にして、途中は視線を正しくして闊歩したらどうだ。
628 名前:ナドヤマ生:1914(大正3)/9/28(月)
徒弟学校の翁長君へ、先日君が講習会で忘れたという六法全書は僕が受け取って来たから僕のところに来たまえ。
623 名前:一区民:1914(大正3)/9/28(月)
当間区長はまさに成立せんとするガス会社に対し、賠償金契約締結を条件として土地使用を許可し、毎決算期に純益のいく分を納付せしむることとし、その納付金は営業後5ヵ年目より実行のことに内定しているそうだが、区会議員のうちでは永久に純益金の得られそうもない空文の契約よりも実行的でごく正確な方法はガス埋管現在、数量による。1間10銭の割りくらいがもっとも適当だと言っているものがある。
624 名前:一区民:1914(大正3)/9/28(月)
図書館の東恩納(寛淳)さん、つまらないことではありますが、なぜ我々に婦人雑誌を見せてくださいませんか。今後はなんでも見せてくださるようにお願いします。
622 名前:顔腹生:1914(大正3)/9/27(日)
日独一大決戦、今まさにたけなわとなった。これ実に文明世界に放った第二の砲弾にして、眠れる東洋の猛獅が奮然として起った大突撃の序幕である。諸君よ、恐るべきその威力の裏面には、また幾多貴重なる鮮血が張るか、はかり知りがたきぞ?読者諸君よ、まず自覚してもって出征軍人の勝利を願わざるべからず。
620 名前:花笑生:1914(大正3)/9/27(日)
真っ白くさえた十六夜の満月にさそわれて明治橋を踏むと、風月の窓洩る光、金波にちらほら。哀れ悲しきは逝きし学友とこの橋上で青葉茂れるを思い出せば涙こぼれて押さえがたく、さっと吹く夜風には、いと悲愁を帯びて我が襟にひろむ。淋しき感に打たれつつ、三味線の音を聞くも哀れ深し。
621 名前:風笑生:1914(大正3)/9/27(日)
>>615
春花生へ。君は近頃、出家が多いがどこに行くか。一言、君に忠告しよう。近頃、君の投書は皆人をヒヤカしているね。先日の新報にても当間二階のカマド小・客らをヒヤカしているが、君はかの人に勝る君だよ。君が横領しておってヒヤカスね。昨日も君は行っておったじゃないか。
619 名前:那覇区民の一人:1914(大正3)/9/27(日)
那覇区長に望む:
那覇区役所は東焼跡地買収はすでに2ヵ年になんなんとするも、いかなる事情が潜んでいるかは知らざれど、ずるずるべったりで何の音沙汰もなく、今日まで放棄し置くはあまり虫がよすぎはせないかと思う。
まず地主の身になってよく考えてごらん。時価100円以上もする土地を区役所の方で今年は予算が足りないとか何とかうまい口実をもうけて、いな、事は泣きついてその半額も出さないうえに1年すぎ2年近くなるまで代価は払わないとは、恐らく天下のどこを探してもこんな不親切なことはなかろう。
いかに沖縄県だって、今はすべての点において内地同様の待遇を受け、法律でもちゃんと吾人の人権を保護されている以上は、区長たるものも区の長なれば、那覇区の事業は日本人らしくさっさとやってほしい。もしご自分でできないと自覚したら、いさぎよく責を負うて男らしく処決してもらいたいのは、われわれ区民の希望するところである。
618 名前:SH生:1914(大正3)/9/27(日)
>>595、598
某中学生および一中学生両君に一言して注意をうながす。
君らは強いて弁解するようだが、いったい火のないところに煙の立つはずがないじゃないか?我が親愛なる同胞は現にどこかで血を流して国家のために奮闘しているじゃないか。しかるに貴様らはたった2里(約8キロ)を電車で通学することは何事ぞ。戦時の青年、いな軍国の青年としては感心はせんのだ。
ああ、ああ、君らの前途が実に思いやられるものである。2里ぐらいの通学は体育養生上、いな精神修養上、大いによいのだ。君らが電車に乗るは一種言うに言われぬ事実がその裏面にあるからであろう。今後の君らの急務は、ただその学生たる位置を自覚するにあるのだ。
617 名前:笑雪生:1914(大正3)/9/23(月)
人生悲観するなかれ。恋愛必ず前途に横たわれり。これ青春の若き男女の常に望んでやまざるものなり。若き男女の恋愛はけだし肉欲の欲望に満足する間はほとんど男女夢中なり。この夢中はいつ覚めえるや。
いわゆる妊娠せばなり。男はこの時よりはすでに冷却になり、もはや女を顧(かえり)みざるなり。女は操(みさお)を破られたるなり。今までは他人にかくすこともできたけれども、妊娠せばもはや自己で自己の身を発揮せるなり。この時、初めて今までの甘き夢は覚醒するなり。すなわち男の無情を罵るなり。
ああ!今の女よ。後の恥を思い、男の無情を知り、よろしく注意すべし。
615 名前:春花生:1914(大正3)/9/23(水)
>>613
春花生君に呈す:僕は実に意外の感にうたれた。本欄で春花生と通称して投書するのは4、5年以来僕より他にはなかったが、去る21日の春花生君の投書を見てびっくりしましたよ。同姓を用いて本欄に交際するのも何かの因縁でございましょう。何とぞ貴君の住所をお知らせください。またまた今後よろしく親密なるご交際あらんことを希望します。諸君に一言。先日の投書は下泉町の春花生でないことをご承知ありたし。
616 名前:笑雪生:1914(大正3)/9/23(月)
いたずらに起き、いたずらに眠り、むなしく食い、むなしく着て何事もなすなきは、禽獣にあまり遠からぬ人なり。しかるに何事かなさんには善悪の別なからざるべからず。戦乱のために一時帽子会社おとろえしより、ここにイロイロの事なすもの出で、オソルベキかな窃盗出でたり。
余(私)は昨日20日4時頃、波之上にてこれにあいぬ。命ともかえぬ礼式用絹の袴を26、7才の女にやられました。読者諸君、質屋のご主人よ、これを見つかりし時、紙上まで御記(知)らせあらば、余、満腔(*)の恩誠をもってこれむくいん。
*満腔(まんこう) …体全体。心いっぱい。

